思いやりと生きる力

わたしを ぎゅっとして わたしを 見つめて わたしを 聞いて わたしを 呼んで

〔 応答関係 (サーブ&リターン と 愛着形成 (アタッチメント 〕

 私たちの保育 ・教育の世界では、「アタッチメント(愛着)」と呼ばれる広く知られた考え方があります。
 イギリスの精神医学者 ジョン ・ボルビィ( 1907-1990 )がアタッチメントを理論化したものですが、それはある特定の養育者(母親的な役割をする者)と子どもの二者間で形成されることを前提としていました。
 こうした考え方がドイツと日本の「3 歳児神話」につながり3歳までは母親が子育てをすべき!という「子育て観」につながったのだ、と思っています。


 今でもアフリカのアカ族や南米のアチェなどの狩猟採集社会では、母子という二者関係に限定されない複数で共同して養育する形態(アロマザリング ・共同養育)という見方が一般的だと言われています。
 昔は日本でも大家族の中で子育てが行われ、またご近所の人たちが「育ての親」となって子育てに関わりを持っていたのです。
 今の時代では(社福)童心会の保育園の村づくりが共同養育(アロマザリング)の考え方に一番近いと思っています。


 また、子どもとその子どもにとって重要な大人(母親かそれに変わる養育者)との間のサーブとリターン(応答)の相互関係が成立することの重要性を、ハーバード大学子ども発達センターが発表しています。
 ある比較認知発達科学者が自分の子どもの出産を体験して次のように書いていました。

 「出産後、10分ほどたった頃でしょうか、助産婦さんが、私が横たわるベッドに息子を連れてきてくれました。彼は仰向けの姿勢で寝かされ、手足の動きをうまくコントロールできずにばたばたともがき続けていました。
 しかし驚いたことに、そばにいる私と目が合ったとたん、彼は手足を動かすのをやめ、目をしっかりと見開いて私の顔を見つめ始めました。私の方も思わず彼に声をかけ、微笑みを返していました。周囲を好奇のまなざしで見つめ、いろんなことを知りたい、学びたいという気持ちが彼の全身からあふれ出ているようです。」


 今の科学では、ヒトは胎生期の28週頃から視覚、聴覚、体制感覚を身につけ、いろいろな学習をしていることが分かっています。
 またヒト(胎児)は母親の声についても学習・記憶し始めていることが記録されているというのです。


 私たちはこうした臨床事例を臨床保育の現場でたくさん体験してきたから「五感を刺激する0歳からの人間教育理論」愛着形成(アタッチメント)の前に必要な応答関係(サーブとリターン)の重要性を強く感じ、(社福)童心会の保育者仲間たちと童心会の人間教育の特色として共有してきました。
 また、アタッチメント理論の中で重要なことは、身体が養育者と「ふれあいだきしめ言葉」の中にいつもいられることで強い安心感、信頼感が記憶されるといわれています。

 

私たちは(社福)童心会の保育理論から生れた応答関係はヒトの胎生期と新生児期の間には、発達の連続性があり、生命の誕生にもつながっているのだから出生時からの応答関係の大切さを強く感じています。


 赤ちゃんは日々、他者から見つめられ、表情を介した積極的なはたらきかけを受けます。そして自ら応答しようとするのです。見つめあい、声を出して、表情を変化させながら養育者との双方向的なコミュニケーションが始まるのです。
 だから私たちは0歳児からの子どもたちとの応答、うけこたえや問いかけ、話しかけに丁寧に答えることを心がけておかなければいけません。


 そこで私たち(社福)童心会では子ども達の問いかけや話しかけに対してどんな時でも応答不全応答拒否応答無視などをしないで応答受容(受け入れる)することによって安心した人間関係をつくる基盤が育ち、人間性豊かな人に育っていくことをたくさんの臨床事例を通して私たちは実証しています。


 改めて私たちは、応答関係(サーブ&リターン)から愛着形成(アタッチメント)へとつながるプロセスを認識し、(社福)童心会の人間教育に対するイノベーションを高めていくことを約束します。


          以上


          令和2年5月吉日
          社会福祉法人 童心会
          理事長 中山勲

〔 新しい人間教育術の構築 〕 ~(社福)童心会の目ざす人間教育 ( Innovation of Human Education and Care)

 私は昨年(令和元年)5 月の(社福)童心会の理事長研修の中で、保育者仲間に次のように問いかけました。

保育所は今、何をするところですか?」

そして
保育所は今”生きている喜び と 学びあう心”を育むところ」

であると研修を通して仲間たちみんなで再確認し合いました。

 1990年代以降、世界的に脳神経科学は素晴らしい進化をとげ、日本でも 1995 年京都大学fMRI (磁気 MRI が導入されてからは 乳幼児の教育とケア( Early Childhood Education and Care)も人間科学の領域の中ですごい発達を遂げています。


 アメリカで発売されたベストセラー育児書の題名も次のようになっています。
いまの科学で「絶対にいい!」と断言できる〔 最高の子育て ベスト 55 Zero to Five (原題 〕(トレーシー・カチロー著ダイヤモンド社 2016 年 11 月発売) 著者はこの本の中で「本書は主に6 歳までの時期を重視しています。人生のなかで最も変化が大きい時期だからです。動作、言語、情緒、運動能力ー脳の90 %は生後 5 年間に発達するのです」と科学的根拠に基づいて断言しているのです。
 私はこの本を読んでみて、改めて日本の保育や子育てを振り返ってみました。

 

〇保育
日本の保育は養護と教育であるといい、乳幼児を保護し教え育てること

〇子育て
あやすこと、世話をすること、託児、養育、子守など、預かる乳幼児の面倒を見ながら養育すること

と考えていたように思います。

 

 本書のかかげる8 つのコンテンツは 0 歳 生後 2 ヶ月 から私たちがヒトとして生きていく上で大切なテーマであると言っています。

 

〔本当に大切なこと 〕


1.愛情     ー 安心感が子どもの「脳」をぐんぐん伸ばす
2.語りかけ   ー 言葉のシャワーが「 IQ 」を上げる
3.生活習慣   ー 「 記憶力 」 と 「 集中力 」 が 上 がる 食 べ 方 ・寝方
4.遊び     ー 「思考力」と「想像力」をみがく楽しい方法
5.つながり   ー 親との交流が「心」と「体」を強くする
6.   しつけ    ー 叱るより、ルールで「スキル」を身につける
7.動く     ー 動くことで「頭」がよくなり「健康」になる
8.スローダウン ー 時間を止めて、人生をフルに味わう

 

改めて、(社福)童心会の保育実践の特色を科学すると次のようになります。

1.Starting Smart (人生の始まりこそスマートに)

~人間としての生きる基盤 愛された育ち・だきしめ言葉)~

1)養育 =生命の保持=愛された育ち=子どもの権利
    =応答関係(サーブとリターン)=アタッチメント形成
2)Care =情緒の安定=だきしめ言葉=養育者の義務
    =情愛的接触=応答関係(サーブとリターン)=アタッチメント形成

 

2.Starting Carriculum (学びのはじめ)
~五感を刺激する 0 歳からの人間教育~

興味  見て 倣い(模倣) 観せて 学び
関心  聞いて 考え(思考) 聴かせて 習う
好奇心 触れて 知って(知覚) 触って 記憶する
風に 薫りを 嗅ぎ  五味・五色・五感に 四季を味わう

 

3.心に残る生活体験学習


1 わらった数     一番 

2 だっこされた数   一番 

3 やさしくされた数  一番 

4  あそんだ数       一番

5  でかけた数            一番

6  チャレンジした数  一番

 

 私は「最高の子育てベスト 55 」母親的な役割と子どもの間で行われる家庭教育と、(社福)童心会の人間教育を比較してみました。
 長い間臨床保育の現場にいる私としては、ヒトは本来親だけでなく、今までのように保育者仲間や村人としての保護者、地域親が育ての親となって共同で子育てを行ってきたことを大切にしていこうと思いました。
 そして「学びのはじめ」「心に残る生活体験学習」の中にある養育者や仲間たちが
環境との関わりの中で、ヒトが生き方を学んできたことも忘れてはならないと思いました。
 ある天台宗阿闍梨あじゃり)が次のように言っていました。

一日一生、一日を一生のように生きよう!

明日からまた新しい人生が始まる。さぁ、 これからどう生きるか!

令和2年4 月 吉日

 

社会福祉法人 童心会

理事長 中山 勲

 

〔 泣く子の手当は だきしめ言葉 〕 ~新しい母性・父性感情の考え方

 ある日の朝、A 子さんが泣きながら登園してきました。
 私はすぐに担任に知らせ「泣く子の手当はだきしめ言葉ですよ!」と手当の仕方を伝えました。

 

 私たちは戦後70有余年の時間を経て「三世代にわたる世代間連鎖」から多様な家族の形態、そこから生れた子どもへの虐待、母親のうつ、歯止めのきかない少子化現象など子どもにまつわる問題は深刻さを増すばかりです。


 子ども達も苦しんでいます。
 いじめ、不登校、不安障害、引きこもり、抑うつ、薬物依存や自殺など、自分と他者の心を理解することに苦しみ、対人関係に起因する心の問題を抱える子どもたちの数は増え続けるばかりです。


 今の時代を振り返ってみると、子どもだけが苦しんでいるのでもなく、保護者や子育て仲間たちだけでもなく、保育者仲間たちまでも苦しんでいる人たちが増えているような気がします、と認知神経科学の先生たちも指摘しています。


 このような現状を見ていると、昔からいわれてきた母性(母性が持っているとされている、母親としての本能や性質。また、母親として子を生み育てる機能・大辞林より)をどのように解釈したら良いのでしょうか。


 ブリタニカ国際大百科事典では、次のように書いてあります。

 「母性は、本能的に母性に備わっているものではなく、一つの文化的、社会的特性である。したがって母性はその女性の人間形成過程、とりわけ3~4歳ころの母親の関わりによって個人差がある(以下略)」

 

 「ヒトの発達の謎を解く」(比較認知発達科学者明和政子・ちくま新書 の本の中で、「ヒトは胎生期から学びはじめヒトが獲得してきた生存戦略は、養育してくれる可能性のある対象を生後すぐに見抜き、その関心をできるだけ長時間引いて養育を受ける機会を多く得ることだったと考えられます。」と著者は言っています。


 私は保育所保健だより3月号に〔たくさんの養育者にかこまれた 幸せな人生の始まり 〕というコメントを書きました。

 まだ狩猟採集型の文化を持つアフリカのアカ地区では、母親を主な養育者としつつも、およそご近所の20名位の人たちが子どもの主な養育に関わり、そして実際には母親を含む5~6人にしぼられていくそうです。
 ヒトは本来血縁だけでなく、非血縁を含む養育者が共同で子育てを行ってきた(アロマザリング共同養育)という見方が歴史的に伝えられています。
日本の1950年代頃の 子育て環境も”助けあって生きる”このような社会だったはずです。
 だから私たち(社福)童心会の人間教育(Care and Education)「保育所から始めるヒト創り」は次のようになりました。

 

童心会の保育方針


・わたしをぎゅっとして
・わたしを見つめて
・わたしを聞いて
・わたしを呼んで


 このようなふれあいが、乳児の学習動機を高め、主体的な行動を引き出すのは、養育者からの情愛的接触なのです。
 私たち(社福)童心会の仲間たちは一日7回以上「だきしめ言葉」を伝えあい、実践し、励ましあっています。
 それは養育者や他者と体を触れ合わせる経験が、発達初期の認知発達と情動と感情の学習(心身の健康)につながっていることを確信していたからです。


 最後に私は、母性は女性の人間形成過程、とりわけ3~4歳頃の母親とのかかわりによって個人差がある、という言葉が気にかかりました。
 柏しんとみ保育園に昨年の4月ばら組(0歳児)に入園してきたB子さん(現1歳10ヶ月)の家にポコちゃんという赤ちゃん人形が生れました。B子さんは毎日毎日お家で小さなお母さんとしてぽこちゃんの胸を「トントン・ネンネ」といいながらあやしているのだそうです。ママは喜んで「先生B ちゃんにはもう母性感情が芽生えているのですね!」とうれしそうにお話ししていったそうです。
 私たちの訓(おしえ)、「愛された育ち・だきしめ言葉」を”見て倣い、観せて学ぶ”を味わった人たちだけが身につけられる母性・父性感情が生れるものだ、と私は確信しました。
 改めて「見て倣い、聴いて習う」ということが人間の生きるみちしるべ(道標)であることを知り、すべての出来事を年齢だけでなく歴史的な視野に立って一つの文化的・社会的特性として見つめ、伝え続けていかなければならないと私は強く 思い知らされました。


        令和2年3月 吉日
        社会福祉法人童心会

        理事長 中山 勲